はじめに
墨蘭/情報セキュリティマネジメント副専門官最近、ニュースや企業のプレスリリースで「ステークホルダー」という言葉をよく見かけませんか?特に、サイバー攻撃や個人情報漏洩のニュースでは、「ステークホルダーへの説明責任」「ステークホルダーへの通知」といった表現が頻繁に登場します。
でも、「ステークホルダーって結局誰のこと?」と疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。この記事では、情報セキュリティの文脈における「ステークホルダー」について、専門知識がない方でも理解できるように、わかりやすく解説していきます。
そもそも「ステークホルダー」とは?


言葉の由来
ステークホルダー(Stakeholder)は英語で、「Stake(掛け金・利害)」と「Holder(保有者)」を組み合わせた言葉です。1984年に哲学者のR・エドワード・フリーマンが著書の中で使用したことで、ビジネス用語として広く知られるようになりました。
日本語では「利害関係者」と訳されることが多いですが、この訳だけでは本当の意味が伝わりにくいかもしれません。
わかりやすく言うと



ステークホルダーとは、簡単に言えば「ある組織や企業の活動によって、良くも悪くも影響を受ける人や組織すべて」のことです。
たとえば、あなたがよく利用するネットショップを想像してください。そのネットショップのステークホルダーには、お客さんであるあなた、そこで働く従業員、商品を卸す取引先、投資している株主、さらには会社がある地域の住民まで、幅広い人々や組織が含まれます。
重要なポイントは、ステークホルダー同士の利害が必ずしも一致するわけではないということです。会社が利益を上げれば株主は喜びますが、その過程で従業員が過重労働になっていたら、従業員にとってはマイナスです。このように、それぞれの立場で異なる利害を持つ人々すべてがステークホルダーなのです。
情報セキュリティにおけるステークホルダーとは


なぜ情報セキュリティでステークホルダーが重要なのか
2026年現在、私たちの生活はデジタル技術なしには成り立たなくなっています。スマートフォンでの買い物、オンラインバンキング、SNSでのコミュニケーション、企業間の取引データ。あらゆる場面で個人情報や機密データがやり取りされています。
こうした状況で、もしサイバー攻撃や情報漏洩が起きたらどうなるでしょうか?被害を受けるのは、攻撃された企業だけではありません。その企業と関わるすべての人や組織。
つまりステークホルダーに影響が及ぶのです。
たとえば、2025年には大手通信企業の委託先から顧客情報が流出する事件がありました。この事件では、通信企業だけでなく、個人情報を預けていた顧客、委託先企業の従業員、さらには行政機関まで、さまざまなステークホルダーが対応に追われることになりました。
情報セキュリティにおける具体的なステークホルダー



情報セキュリティの観点から見ると、ステークホルダーは大きく「直接的ステークホルダー」と「間接的ステークホルダー」に分けることができます。
直接的ステークホルダー
直接的ステークホルダーとは、セキュリティの問題が発生したときに、直接的な影響を受ける人や組織のことです。
顧客・ユーザー 最も身近なステークホルダーは、サービスや製品を利用する顧客です。個人情報を預けている立場として、情報漏洩が起きれば直接的な被害を受けます。クレジットカード情報が流出すれば不正利用のリスクがありますし、住所や電話番号が漏れればしつこい勧誘や詐欺の標的になる可能性もあります。
従業員 企業で働く従業員も重要なステークホルダーです。情報セキュリティの教育を受け、日々のルールを守る立場にある一方で、セキュリティインシデントが発生すれば、対応に追われたり、場合によっては責任を問われたりすることもあります。また、従業員自身の個人情報も企業が管理しているため、内部からの情報漏洩の被害者になることもあります。
経営者・役員 企業の意思決定を行う経営層は、セキュリティ対策の方針を決め、予算を配分する責任を負っています。サイバー攻撃による被害が発生すれば、株主や社会に対して説明責任を果たさなければなりません。近年は「経営課題としてのサイバーセキュリティ」という考え方が定着し、経営者自身がセキュリティに関する知識を持つことが求められています。
株主・投資家 企業に投資している株主や投資家は、セキュリティインシデントによって株価が下落したり、企業価値が毀損したりするリスクを負っています。そのため、投資先企業がどの程度セキュリティ対策を行っているかに強い関心を持っています。
取引先・パートナー企業 ビジネス上の取引先も重要なステークホルダーです。自社の情報が取引先を経由して漏洩するケースもあれば、逆に取引先の情報を自社が守る責任を負うケースもあります。2025年以降、「サプライチェーンセキュリティ」という概念が広まり、取引先のセキュリティレベルまでチェックする企業が増えています。
委託先・外注先 業務を委託している外部企業も見落としてはいけないステークホルダーです。実際、2025年には委託先企業がサイバー攻撃を受け、委託元の個人情報が流出する事件が複数発生しました。委託先のセキュリティ管理が不十分だったり、不適切な運用が行われていたりすると、思わぬところから情報が漏れてしまうリスクがあります。
間接的ステークホルダー
間接的ステークホルダーは、日常的には直接的な関わりが少ないものの、セキュリティ問題が発生したときに影響を受けたり、対応に関わったりする人や組織です。
行政機関・規制当局 個人情報保護委員会、経済産業省、総務省などの行政機関は、法律に基づいてセキュリティに関する規制やガイドラインを定めています。重大なインシデントが発生した場合には報告を受け、場合によっては行政指導や処分を行います。2026年度には、経済産業省が「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」の運用を開始する予定で、企業のセキュリティレベルを可視化する取り組みが進んでいます。
地域社会 企業が事業を行う地域の住民も、間接的なステークホルダーです。特に、地域の雇用を支える大企業がサイバー攻撃で業務停止に追い込まれれば、地域経済全体に影響が及びます。
金融機関 融資を行っている銀行や保険会社も、取引先企業のセキュリティ状況に関心を持っています。サイバー攻撃による業務停止は、返済能力に直結するからです。近年はサイバー保険の普及により、保険会社もステークホルダーとして重要性を増しています。
マスメディア・報道機関 セキュリティインシデントが発生すると、メディアを通じて社会に広く報道されます。報道のされ方によって企業の評判は大きく左右されるため、メディアもステークホルダーの一つと考えることができます。
競合他社 意外かもしれませんが、競合他社もステークホルダーです。業界内でセキュリティインシデントが発生すると、同業他社も「うちは大丈夫か」と点検を迫られることがあります。また、業界全体の信頼が損なわれれば、競合他社もその影響を受けることになります。
2026年に知っておきたい最新動向


サプライチェーンセキュリティの重要性
2025年から2026年にかけて、「サプライチェーンセキュリティ」という考え方がますます重要になっています。これは、自社だけでなく、取引先や委託先を含めたサプライチェーン全体でセキュリティを確保しようという考え方です。
経済産業省は2026年10月に制度開始予定に「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」の運用を開始する予定です。この制度では、企業のセキュリティ対策レベルを星の数(3つ星から5つ星)で評価し、可視化します。これにより、発注企業は取引先のセキュリティレベルを容易に把握でき、受注企業は自社に必要な対策が明確になります。
この制度は任意ですが、海外ではすでにセキュリティ対策がビジネスの必須要件となりつつあります。取引を続けるためにセキュリティ認証が求められるケースが増えており、日本企業も対応を迫られています。
AIを活用した攻撃と防御
2025年から2026年にかけて、AI(人工知能)のセキュリティへの影響が大きな話題となっています。
攻撃側では、AIを使ってより巧妙なフィッシングメールを作成したり、標的を自動で選定したりする手法が登場しています。レポートによると、AIで生成されたフィッシングメールのクリック率は54%に達し、従来型の12%を大きく上回っているとのことです。また、ディープフェイク技術を使った音声や動画のなりすましも脅威となっています。
一方、防御側でもAIを活用した脅威検知や自動対応が進んでいます。膨大なログデータを短時間で分析し、異常を早期に発見する技術が実用化されています。
ステークホルダーへの説明責任の高まり
セキュリティインシデントが発生した際、ステークホルダーへの迅速かつ透明性のある情報開示が、これまで以上に求められるようになっています。
大手IT企業では、セキュリティの健全性を示すために、客観的な評価指標(セキュリティレーティング)を導入し、ステークホルダーへの説明に活用する動きが広がっています。こうした取り組みは、ステークホルダーからの信頼を獲得し、ビジネス上の優位性につなげることを目的としています。
ステークホルダーとしての私たちにできること


一般消費者として
私たち一般消費者も、企業にとっての重要なステークホルダーです。以下のような点に気をつけることで、自分自身を守りつつ、社会全体のセキュリティ向上に貢献できます。
まず、利用するサービスのプライバシーポリシーやセキュリティ対策について、少しでも関心を持つことが大切です。「この会社は個人情報をどう扱っているのか」「セキュリティ対策はしっかりしているか」といった視点でサービスを選ぶことが、企業のセキュリティ意識を高めることにつながります。
また、不審なメールやメッセージに注意することも重要です。AIの進化により、詐欺メールは以前よりも自然で見分けにくくなっています。リンクをクリックする前に、送信元を確認する習慣をつけましょう。
パスワードの使い回しを避け、可能であれば二要素認証を設定することも、自分の情報を守る基本的な対策です。
企業で働く人として
企業の従業員は、ステークホルダーであると同時に、セキュリティを守る担い手でもあります。
日々の業務の中で、会社のセキュリティルールを守ることが何より大切です。面倒に感じることもあるかもしれませんが、ルールの多くは過去の失敗や事故から学んで作られたものです。
また、不審な点に気づいたら、迷わず報告することも重要です。「大したことではないかも」と思っても、それがサイバー攻撃の兆候である可能性があります。早期発見が被害を最小限に抑えるカギです。
セキュリティ研修や訓練には積極的に参加し、最新の脅威について知識をアップデートしておくことも大切です。攻撃の手口は日々進化しており、数年前の知識では対応できないケースも増えています。
まとめ


「ステークホルダー」という言葉は、一見すると難しいビジネス用語のように感じられますが、その本質は「関わるすべての人」という、とてもシンプルな概念です。
情報セキュリティの文脈では、企業の顧客、従業員、経営者、株主、取引先、行政機関、地域社会など、実に幅広い人々や組織がステークホルダーに含まれます。そして、デジタル化が進む現代社会では、一つのセキュリティインシデントが、これらすべてのステークホルダーに連鎖的に影響を及ぼす可能性があります。
2026年現在、サプライチェーン全体でのセキュリティ確保、AIを活用した攻撃と防御、ステークホルダーへの説明責任の高まりなど、情報セキュリティを取り巻く環境は急速に変化しています。



私たち一人ひとりも、何らかの形でステークホルダーです。消費者として、従業員として、あるいは地域住民として、セキュリティに関心を持ち、できることから行動することが、社会全体の安全につながります。










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