1. はじめに:要件定義って何?
穹詠/情報セキュリティマネジメント主任「要件定義」という言葉を聞いたことはありますか?IT業界で働く人にとってはおなじみの言葉ですが、一般の方には少し難しく感じるかもしれません。しかし、実は私たちの身近な生活にも深く関わっている大切な考え方なのです。
簡単に言うと、要件定義とは「何を作るか」「どんな機能が必要か」を最初にしっかり決める作業のことです。
例えば、家を建てるときのことを想像してみてください。いきなり大工さんが作業を始めたら、どうなるでしょうか?「リビングは20畳がいい」「キッチンは対面式にしたい」「お風呂には窓が欲しい」といった要望を事前に伝えなければ、思い通りの家は完成しませんよね。
システム開発における要件定義も同じです。「このシステムで何を実現したいのか」「どんな機能が必要なのか」「誰がどのように使うのか」を最初にきちんと整理し、開発チームとお客様の間で認識を合わせる。これが要件定義の役割なのです。
2. なぜ要件定義が大切なのか?


手戻りコストの削減
システム開発の現場では、「手戻り」が大きな問題になります。手戻りとは、一度作ったものをやり直すことです。
ソフトウェア工学の古典的な研究によると、開発における手戻りはコスト全体の30〜50%を消費し、そのうち70〜85%が要件の間違いに起因するとされています。
つまり、最初の要件定義をしっかり行うことで、開発後半での大幅な修正を防ぎ、時間とお金の無駄を大きく減らすことができるのです。
関係者間の認識統一
要件定義のもう一つの重要な役割は、プロジェクトに関わるすべての人の認識を統一することです。
お客様(発注者)と開発会社(ベンダー)の間で「完成イメージ」にズレがあると、出来上がったシステムが期待と全く違うものになってしまう危険性があります。
要件定義書という文書にまとめることで、「言った・言わない」の水掛け論を防ぎ、プロジェクトをスムーズに進めることができます。
3. 要件定義の具体的な進め方


ステップ1:現状分析(As-Is)
まずは「今どうなっているか」を徹底的に調べます。現在の業務フローを図にしたり、使っているシステムの問題点を洗い出したりします。
この段階では、関係者へのヒアリングが非常に重要です。現場で実際に働いている人の声を丁寧に聞くことで、表面には見えない課題が明らかになります。
ステップ2:理想像の設計(To-Be)
次に「どうなりたいか」という理想の姿を描きます。新しいシステムを導入することで、業務がどう変わるのか、どんな効果が期待できるのかを具体的にイメージします。
この段階で重要なのは、現実的で実現可能な目標を設定することです。あまりに理想を追い求めすぎると、予算やスケジュールが大幅にオーバーしてしまいます。
ステップ3:要件の洗い出し
理想を実現するために「何が必要か」を具体的にリストアップします。要件は大きく「機能要件」と「非機能要件」に分かれます。
機能要件とは、システムが持つべき具体的な機能のことです。例えば「ユーザーがログインできる」「商品を検索できる」「注文履歴を確認できる」などが該当します。
非機能要件とは、機能以外の品質に関する要件です。例えば「画面表示は3秒以内」「同時に1000人がアクセスしても問題ない」「24時間365日稼働する」などが含まれます。セキュリティや保守性もここに入ります。
ステップ4:要件定義書の作成
洗い出した要件を文書にまとめます。要件定義書には、システムの目的、対象ユーザー、機能一覧、非機能要件、スケジュール、予算などを記載します。
ここで重要なのは、ITの専門知識がない人でも理解できるように、わかりやすい言葉で書くことです。専門用語を使う場合は、必ず説明を添えましょう。
ステップ5:レビューと承認
作成した要件定義書を関係者全員で確認します。認識のズレがないか、抜け漏れがないかをチェックし、必要に応じて修正を加えます。全員が納得したら、正式に承認を得て、次の設計フェーズに進みます。
4. 要件定義書に書くべき主な内容





要件定義書には、プロジェクトによって多少の違いはありますが、一般的に以下の項目が含まれます。
■ プロジェクトの背景と目的 なぜこのシステムが必要なのか、どんな課題を解決したいのかを明記します。関係者全員が同じゴールを共有するための重要な項目です。
■ システム概要 どのようなシステムを作るのか、全体像を説明します。システム構成図やイメージ図があると、理解が深まります。
■ 業務要件 現状の業務フロー(As-Is)と、システム導入後の新しい業務フロー(To-Be)を記載します。図を使って視覚的にわかりやすくまとめることが大切です。
■ 機能要件・非機能要件 システムに必要な機能と、品質に関する要件を具体的に列挙します。曖昧な表現を避け、可能な限り数値で示すことがポイントです。
■ スケジュールと予算 プロジェクトの期間や主要なマイルストーン、概算予算を記載します。現実的なスケジュールを設定することで、プロジェクトの成功確率が高まります。
5. 【2026年最新】AIと要件定義の新しい関係





2025年から2026年にかけて、生成AIの急速な発展により、要件定義の世界にも大きな変化が訪れています。
AIエージェントの台頭
2025年はAIエージェント元年と呼ばれ、自律的に行動できるAIが注目を集めました。2026年、AIは「ツール」から「同僚」へと進化すると予測されています。
ガートナージャパンが発表した2026年の戦略的テクノロジートレンドには、「マルチエージェント・システム」が入っています。 これは複数のAIが協調して動作し、人間に代わって仕事をしてくれる仕組みです。
要件定義におけるAI活用
2025年現在、AIの能力は驚くほど高くなりました。コードを書くだけでなく、要件の分析・矛盾の指摘・テストケース生成・ドキュメント作成まで行えます。
具体的には、以下のような場面でAIが力を発揮します。
1. 要件の整合性チェック AIに要件定義書を読み込ませることで、矛盾している記述や抜け漏れを自動的に検出できます。人間の目では見落としがちな不整合を、AIは網羅的にチェックできます。
2. 質問の生成 「このプロジェクトで考慮すべき観点は何か」と聞けば、AIは網羅的なリストを返してくれます。ユーザー体験、セキュリティ、スケーラビリティ、コスト、保守性。私が思いつかなかった観点まで提示してくれることもあります。
3. ドキュメント作成の効率化 打ち合わせの議事録から要件を抽出したり、要件定義書のドラフトを自動生成したりすることも可能になっています。
人間の役割は変わらない
しかし、重要なことがあります。AIがどれほど進化しても、要件定義の本質は変わりません。ステークホルダのニーズを実現可能な形に変換し、合意を取り付けるプロセス。対立するナラティブを調整し、「これでいく」と腹を括る行為。これは、人間同士の営みであり続けます。
AIは問いを立てられます。選択肢を提示できます。分析もできます。リスクを列挙できます。しかし、最後に「これでいく」と決めるのは人間です。責任を引き受けるのも人間です。
ガートナーの専門家も「ヒューマン・イン・ザ・ループは原則」と強調しています。飛行機の自動操縦のように、普段はAIに任せつつも、重要な判断は人間が行う。そんな関係性が、2026年のスタンダードになりつつあります。
6. よくある失敗パターンと対策


失敗1:要件が曖昧
「使いやすいシステムにしてほしい」「早く動いてほしい」といった曖昧な表現は危険です。「使いやすい」の定義は人によって異なるため、後々トラブルの原因になります。
【対策】 できるだけ具体的な数値や条件で表現しましょう。例えば「画面遷移は2クリック以内」「検索結果は3秒以内に表示」など、測定可能な形にすることが大切です。
失敗2:関係者の巻き込み不足
システムを実際に使う現場の人の声を聞かずに要件を決めてしまうと、出来上がったシステムが使いものにならないことがあります。
【対策】 ヒアリングの段階で、できるだけ多くの関係者の意見を集めましょう。現場の「声なき声」を拾い上げることが、成功の鍵です。
失敗3:変更管理の甘さ
プロジェクトが進む中で「やっぱりこの機能も追加したい」という要望が出ることはよくあります。これを無制限に受け入れると、スケジュールも予算も破綻します。
【対策】 要件の追加・変更には必ずプロセスを設けましょう。影響範囲を評価し、スケジュールや予算への影響を明確にした上で、関係者の合意を得てから変更を行います。
7. まとめ
要件定義は、システム開発の成功を左右する最も重要な工程の一つです。「何を作るか」を最初にしっかり決めることで、手戻りを減らし、関係者全員が同じゴールに向かって進むことができます。
2026年の現在、AIの進化により要件定義のやり方も変わりつつあります。AIは整合性チェックやドキュメント作成の効率化など、多くの場面で私たちをサポートしてくれます。しかし、最終的な意思決定と責任は、これからも人間が担うものです。



要件定義に正解はありません。大切なのは、関係者としっかりコミュニケーションを取り、認識を合わせ、プロジェクトの成功に向けて一歩一歩進んでいくことです。










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