はじめに
空子/情報セキュリティマネジメント担当「デファクトスタンダード」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。ビジネスニュースやIT関連の記事でときどき目にする言葉ですが、実はこの概念、私たちの日常生活のあらゆる場面に深く関わっています。スマートフォンの操作から、仕事で使うソフトウェア、さらにはコンビニで買い物をするときまで、デファクトスタンダードは静かに確実に私たちの行動を形づくっているのです。
この記事では、デファクトスタンダードとは何か、なぜ生まれるのか、そして私たちの暮らしにどんな影響を与えているのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
デファクトスタンダードの意味





「デファクトスタンダード」は、ラテン語の「de facto(事実上の)」と英語の「standard(標準)」を組み合わせた言葉です。日本語に訳すと「事実上の標準」となります。
ポイントは「事実上の」という部分です。国や公的な機関が「これを標準にします」と公式に決めたわけではないのに、市場での競争や消費者の選択の結果として、いつの間にかみんなが使うようになった技術や製品、ルールのことを指します。
これに対して、国際機関や業界団体が話し合いで正式に決めた標準のことを「デジュールスタンダード(de jure standard)」と呼びます。「de jure」はラテン語で「法律上の」という意味です。たとえば、電気のコンセントの形状や電圧は国ごとに法律や規格で決められているので、デジュールスタンダードにあたります。
身近なデファクトスタンダードの例



デファクトスタンダードと聞くと難しそうに感じるかもしれませんが、私たちの身の回りにはたくさんの例があります。
まず、パソコンのOSを考えてみましょう。世界中のパソコンの大多数はMicrosoft Windowsを搭載しています。誰かが「パソコンのOSはWindowsにしなさい」と命令したわけではありません。しかし、多くの人がWindowsを使うようになった結果、ソフトウェア会社はWindows向けのソフトを優先的に開発するようになり、さらに多くの人がWindowsを選ぶという循環が生まれました。これがまさにデファクトスタンダードです。
スマートフォンの世界でも同じことが起きています。現在、スマートフォンのOSはAppleのiOSとGoogleのAndroidの二つがほぼすべてのシェアを占めています。かつてはBlackBerryやWindows Phoneなど他の選択肢もありましたが、市場競争の中で淘汰され、現在の二強体制が事実上の標準となりました。
オフィスワークの場面では、Microsoft Officeがデファクトスタンダードの代表格です。ビジネスで書類を作るといえばWord、表計算といえばExcel、プレゼンといえばPowerPoint。「Excelで送ってください」という言葉が当たり前のように使われるのは、これらが事実上の標準になっているからです。
動画配信の分野では、YouTubeがデファクトスタンダードの地位を築いています。「動画を見る=YouTubeを開く」という行動パターンが多くの人に定着し、動画を公開したい人もまずYouTubeを選ぶという流れができあがっています。
通信規格にも目を向けてみましょう。USB(Universal Serial Bus)は、パソコンと周辺機器をつなぐ規格として圧倒的な地位を確立しました。最近ではUSB Type-Cが急速に普及し、スマートフォンの充電からノートパソコンの接続まで、一つの端子で済むようになりつつあります。
なぜデファクトスタンダードは生まれるのか





デファクトスタンダードが生まれる背景には、いくつかの力学が働いています。
最も大きな要因が「ネットワーク効果」です。これは、利用者が増えれば増えるほど、その製品やサービスの価値が高まるという現象です。たとえば、LINEを思い浮かべてください。友人や家族がみんなLINEを使っていれば、自分もLINEを使わないと不便です。利用者が多いからこそ価値があり、価値があるからこそ利用者が増える。この好循環がデファクトスタンダードを生み出す原動力になっています。
次に「スイッチングコスト」があります。一度ある製品やサービスに慣れてしまうと、別のものに乗り換えるのには手間やコストがかかります。長年Windowsを使っている人がMacに乗り換えるには、操作方法を覚え直したり、データを移行したりしなければなりません。この面倒さが、既存のデファクトスタンダードをさらに強固なものにします。
また、「規模の経済」も重要です。多くの人に使われている製品は、大量生産によってコストが下がり、価格面でも優位に立てます。すると、さらに多くの人がその製品を選ぶようになり、標準としての地位がますます揺るがなくなるのです。
デファクトスタンダードのメリットとデメリット





デファクトスタンダードには良い面も悪い面もあります。
メリットとしてまず挙げられるのは「互換性」です。みんなが同じ規格や製品を使っていれば、データのやり取りがスムーズになります。仕事の相手にWordファイルを送れば、相手も問題なく開けるでしょう。また、周辺製品やサービスが充実するという利点もあります。Windowsが標準になっているからこそ、対応するソフトウェアや周辺機器が豊富にそろっているのです。さらに、技術やノウハウが共有されやすく、学習コストも下がります。Excelの使い方を解説した本や動画が山ほどあるのは、Excelがデファクトスタンダードだからこそです。
一方でデメリットもあります。最大の問題は「独占・寡占」の弊害です。特定の企業が市場を支配すると、競争が減り、価格が高止まりしたり、革新的な技術が生まれにくくなったりします。また、一つの製品やサービスに依存しすぎると、そこにセキュリティ上の問題が発生した場合の影響が甚大になります。世界中のパソコンがWindowsに依存していると、Windowsの脆弱性は世界規模のリスクとなるのです。
さらに、必ずしも「最も優れた技術」がデファクトスタンダードになるとは限らないという問題もあります。技術的には劣っていても、マーケティングやタイミング、あるいは運によって市場を制してしまうことがあるのです。
デファクトスタンダードは変わることもある





「一度デファクトスタンダードになったら永遠にその地位を守れるのか」というと、そんなことはありません。技術の進歩や社会の変化によって、王座が入れ替わることは歴史の中で何度も起きています。
かつてビデオテープの規格では、ソニーのベータマックスとビクターのVHSが激しく争い、VHSがデファクトスタンダードの座を勝ち取りました。しかし、DVDやブルーレイ、そしてストリーミング配信の登場によって、VHSそのものが姿を消しました。同様に、携帯音楽プレーヤーの世界ではソニーのウォークマンが長らく標準的な存在でしたが、AppleのiPodが登場し、さらにスマートフォンの普及によって専用の音楽プレーヤー自体が主流でなくなりました。
検索エンジンの世界では、かつてYahoo!が圧倒的な存在感を誇っていましたが、Googleがより優れた検索アルゴリズムを武器に急速にシェアを拡大し、現在では「ググる」という言葉が生まれるほどのデファクトスタンダードになっています。
おわりに
デファクトスタンダードは、誰かが意図的に決めたものではなく、無数の消費者や企業の選択が積み重なって自然に生まれる「みんなの当たり前」です。私たちは日常生活の中で、意識せずに多くのデファクトスタンダードに従って行動しています。
こうした仕組みを知っておくと、新しい技術やサービスが登場したときに「これは将来の標準になるかもしれない」「この製品はネットワーク効果で一気に広まりそうだ」といった視点で世の中を見ることができます。ニュースの見方が少し変わるかもしれません。



次にスマートフォンを手に取ったとき、パソコンでExcelを開いたとき、YouTubeで動画を見るとき、ふと「これもデファクトスタンダードだな」と思い出してみてください。私たちの「当たり前」がどうやって生まれたのか、考えてみると意外と面白いものですね。










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