はじめに
墨蘭/情報セキュリティマネジメント副専門官「物理的セキュリティ対策」という言葉を聞いたことはありますか?情報セキュリティというと、パスワードやウイルス対策ソフトなど、パソコンやスマホの画面上での対策を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実は、「物理的」つまり「目に見える・手で触れられる」対策も、情報を守るうえで非常に重要なのです。
この記事では、物理的セキュリティ対策とは何か、なぜ今注目されているのか、具体的にどのような対策があるのかを、専門用語をできるだけ使わずにわかりやすく解説します。
物理的セキュリティ対策とは?





物理的セキュリティ対策とは、ひと言でいうと「実際に存在するモノや場所を守るための対策」のことです。
たとえば、会社の建物に鍵をかける、監視カメラを設置する、サーバー室に入れる人を制限するといった対策がこれにあたります。つまり、パソコンの中のデータではなく、パソコンそのものや、それが置いてある部屋、建物全体を物理的に守ることを指します。
情報セキュリティは大きく分けて「サイバーセキュリティ(デジタル空間での対策)」と「物理的セキュリティ(現実空間での対策)」の2つがあり、この両方を組み合わせることで初めて万全な対策になるのです。
なぜ物理的セキュリティ対策が重要なのか?
サイバー攻撃だけでは防げない脅威がある
どれだけ強力なパスワードを設定しても、どれだけ高価なウイルス対策ソフトを入れても、悪意のある人が直接オフィスに侵入してパソコンを持ち去ったり、USBメモリでデータを盗んだりすれば、その対策は意味をなしません。
実際に、清掃スタッフや警備員を装って社内に侵入し、サーバーにUSB機器を差し込んでデータを盗み出すという事件も報告されています。また、退職者が在職中に使っていたセキュリティカードを返却せず、それを使って不正に情報を持ち出すケースもあります。
内部不正への対策として不可欠
情報漏洩の原因は、外部からの攻撃だけではありません。実は、従業員や元従業員による「内部不正」が大きな問題となっています。2023年から2025年にかけて、内部不正による情報持ち出しの件数は急増しており、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)が発表する「情報セキュリティ10大脅威」でも常に上位にランクインしています。
物理的セキュリティ対策は、このような内部からの脅威を防ぐためにも欠かせないのです。
2026年から始まる新制度への対応
経済産業省は2026年10月から「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」の運用を開始する予定です。この制度では、企業のセキュリティ対策を★3から★5までの段階で評価します。物理的セキュリティ対策もこの評価項目に含まれており、取引先から一定レベルの対策を求められる時代が来ています。



★3は“最低限の対策ができている状態”、★5は“高度な対策を実施し、継続的に改善している状態”といったイメージです。
物理的セキュリティ対策の具体例





では、実際にどのような対策があるのでしょうか。身近な例から専門的なものまで、主な対策を紹介します。
1. 入退室管理
入退室管理とは、「誰が、いつ、どこに出入りしたか」を記録・管理することです。これは物理的セキュリティの基本中の基本といえます。
従来は物理的な鍵を使っていましたが、鍵は紛失したり、合鍵を作られたりするリスクがあります。そこで現在では、以下のような方法が広く使われています。
ICカード認証:社員証などのカードをかざして解錠する方法。誰がいつ通過したかの記録が残ります。
顔認証:カメラで顔を読み取って本人確認する方法。カードを持ち歩く必要がなく、なりすましも防げます。マスクをしていても認証できる機種も増えています。
スマートフォン認証:専用アプリをインストールしたスマホで解錠する方法。物理的な鍵やカードが不要になります。
生体認証:指紋や虹彩(目の模様)など、身体的特徴で本人確認する方法。偽造が極めて困難です。
特に重要な部屋(サーバー室など)では、「二重認証」といって、カードをかざした後にさらに暗証番号を入力させるなど、複数の認証を組み合わせることもあります。
2. 監視カメラの設置
監視カメラは、不審者の侵入を記録するだけでなく、「見られている」という意識を与えることで犯罪を抑止する効果もあります。
最近のカメラは高画質化が進み、人物の顔をはっきり識別できるものも増えています。また、AI技術を活用して不審な動きを自動で検知し、警報を発するシステムも登場しています。
オフィスでは、出入口だけでなく、コピー機の周辺(機密書類の複写防止)や駐車場(いたずら・盗難防止)にも設置されることが一般的です。
3. セキュリティゲート・フェンス
建物や敷地の外周には、フェンスや塀を設置して物理的に侵入を防ぎます。出入口には、本人確認ができるセキュリティゲートを設けることで、部外者の立ち入りを厳しく制限できます。
特に倉庫や工場では、広い敷地を囲うフェンスに加えて、乗り越えや切断を検知するセンサーを取り付けるケースもあります。
4. 施錠管理
これは最も基本的な対策ですが、意外と徹底されていないことが多いです。オフィスや部屋の施錠はもちろん、機密書類やノートパソコンを保管する書庫や机の引き出しにも鍵をかけることが大切です。
退社時には必ず施錠を確認する習慣をつけることが重要です。
5. クリアデスク・クリアスクリーン
クリアデスクとは、机の上に書類やノートパソコンを出しっぱなしにせず、帰宅時には鍵のかかる場所に保管することです。これにより、清掃スタッフや外部の人が書類を目にしたり持ち出したりするリスクを減らせます。
クリアスクリーンとは、離席時にパソコンの画面をロックしたり、電源を切ったりすることです。ちょっとトイレに行く間でも、画面を見られたり操作されたりする可能性があります。
どちらも地味な対策ですが、情報漏洩を防ぐうえで非常に効果的です。
6. 機器・媒体の持ち出し管理
ノートパソコン、USBメモリ、外付けハードディスクなどは、情報漏洩の原因になりやすいものです。これらの持ち出しを許可制にしたり、持ち出した記録を残したりすることが重要です。
また、個人のスマートフォンやUSBメモリの業務利用を制限する企業も増えています。
7. 廃棄時の対策
古くなったパソコンやハードディスクを廃棄するとき、データを完全に消去しないまま捨ててしまうと、情報漏洩につながります。単にゴミ箱に入れて「削除」しただけでは、専用のソフトを使えばデータを復元できてしまいます。
ディスクを物理的に破壊したり、専門業者にデータ消去を依頼したりすることが必要です。
2026年に向けた最新トレンド


AIと連携したセキュリティシステム
最新の物理的セキュリティ対策では、AI(人工知能)との連携が進んでいます。監視カメラの映像をAIが分析し、不審な行動パターンを自動で検知したり、入退室管理システムと連動して異常をリアルタイムで通知したりできるようになっています。
サイバーセキュリティとの統合
これまで別々に管理されることが多かったサイバーセキュリティと物理的セキュリティを、一つのシステムで統合管理する動きが広がっています。たとえば、入退室管理システムとパソコンのログインシステムを連携させ、オフィスに入室していない人がリモートでログインしようとした場合に警告を出す、といった運用が可能になります。
国際規格への対応
グローバルにビジネスを展開する企業では、ISO/IEC 27001やTISAXといった国際的なセキュリティ規格への準拠が求められるケースが増えています。これらの規格では、サイバーセキュリティだけでなく物理的セキュリティ対策も審査対象となります。
個人でもできる物理的セキュリティ対策



ここまで主に企業向けの対策を紹介してきましたが、個人でも実践できることはたくさんあります。
自宅での対策例
- パソコンやスマホを人目につく場所に放置しない
- 使わないときはパソコンにロックをかける
- 大切な書類は鍵のかかる場所に保管する
- 古いパソコンやスマホを廃棄するときはデータを完全に消去する
- 外出先でノートパソコンを使うときは画面を覗き見されないよう注意する
カフェやコワーキングスペースでの注意点
- 離席時は必ずパソコンを持っていくか、ロックをかける
- 重要なパスワードを入力するときは周囲に注意する
- フリーWi-Fiを使うときは機密情報のやり取りを避ける
まとめ
物理的セキュリティ対策とは、建物や部屋、機器など「目に見えるもの」を守ることで、情報漏洩や不正アクセスを防ぐ対策のことです。
パスワードやウイルス対策ソフトといったサイバーセキュリティだけでは、直接的な侵入や内部不正には対応できません。入退室管理、監視カメラ、施錠管理、クリアデスクなど、基本的な物理的対策を組み合わせることで、はじめて情報を守る「鎧」が完成します。



2026年には経済産業省による新たなセキュリティ評価制度も始まり、物理的セキュリティ対策の重要性はますます高まっています。企業はもちろん、個人でも日常の中でできる対策から始めてみてはいかがでしょうか。










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