はじめに
墨蘭/情報セキュリティマネジメント副専門官スマートフォンでネットショッピング、パソコンでオンラインバンキング、SNSで友人とつながる。
私たちの生活は今やインターネットなしでは成り立ちません。しかし、その便利さの裏側には「サイバー攻撃」という目に見えない脅威が潜んでいます。
そんな脅威から私たちを守るために日本が定めた法律が「サイバーセキュリティ基本法」です。この記事では、この法律が何なのか、なぜ必要なのか、そして私たちの生活にどう関係するのかを、専門用語をできるだけ避けてわかりやすく解説します。
そもそも「サイバーセキュリティ」って何?





サイバーセキュリティ基本法を理解する前に、まず「サイバーセキュリティ」という言葉の意味を押さえておきましょう。
サイバーセキュリティとは、簡単に言えば「インターネットやコンピュータを使う上での安全対策」のことです。具体的には、パソコンやスマホに保存されている個人情報、企業の機密データ、銀行口座の情報などが、悪意のある第三者に盗まれたり、書き換えられたり、使えなくされたりしないように守ることを指します。
たとえば、あなたがオンラインショッピングでクレジットカード番号を入力するとき、その情報が誰かに盗み見られないようにすること。これもサイバーセキュリティの一つです。
サイバーセキュリティ基本法とは



サイバーセキュリティ基本法は、2014年に成立し、2015年1月から施行された日本の法律です。この法律は、日本全体でサイバーセキュリティ対策を進めていくための「土台」となるものです。
この法律の特徴は「基本法」という点にあります。基本法とは、ある分野における国の方針や考え方の大枠を示す法律のことです。つまり、サイバーセキュリティ基本法は「日本はサイバーセキュリティ対策をこういう考え方で進めていきます」という国としての基本姿勢を示したものなのです。
具体的な罰則や細かいルールは別の法律で定められますが、それらすべての土台となるのがこの基本法というわけです。
なぜこの法律が必要になったのか



サイバーセキュリティ基本法が作られた背景には、いくつかの大きな出来事がありました。
まず、2000年代に入ってから、政府機関や企業へのサイバー攻撃が急増しました。2000年には中央省庁のウェブサイトが次々と改ざんされる事件が発生し、日本のサイバーセキュリティ対策の甘さが露呈しました。
さらに、2013年に東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定したことも大きなきっかけとなりました。過去のオリンピック開催都市では、大会期間中に膨大な数のサイバー攻撃が発生しており、日本も同様の脅威に備える必要がありました。実際、2012年のロンドンオリンピックでは、大会期間中に1億6千万回以上のセキュリティ関連の問題が発生したと言われています。
また、2015年には日本年金機構で約125万件もの個人情報が流出するという大事件も起きました。このような事態に対応するため、国として一丸となってサイバーセキュリティ対策を進める必要性が高まったのです。
サイバーセキュリティ基本法の目的



この法律の目的は、大きく分けて3つあります。
第一に、経済社会の活力向上と持続的発展です。サイバー攻撃による被害を防ぐことで、企業が安心して経済活動を行える環境を作ることを目指しています。
第二に、国民が安全で安心して暮らせる社会の実現です。個人情報の流出や詐欺被害などから国民を守ることが含まれます。
第三に、国際社会の平和・安全の確保と日本の安全保障への寄与です。サイバー攻撃は国境を越えて行われるため、国際的な協力体制を築くことも重要な目的となっています。
法律の基本理念





サイバーセキュリティ基本法では、4つの基本理念が示されています。
一つ目は、情報の自由な流通を確保しながら、国・地方自治体・企業・国民が連携して対応することです。インターネットの便利さを損なわずに、セキュリティを高めていこうという考え方です。
二つ目は、国民一人ひとりがサイバーセキュリティへの認識を深め、自発的に対応できる体制を作ることです。攻撃を受けた後の復旧も含め、強靭な体制づくりを目指しています。
三つ目は、IT技術を活用した活力ある経済社会を構築することです。セキュリティ対策は「守り」だけでなく、経済発展の「攻め」にもつながるという発想です。
四つ目は、国際的な協調のもとで先導的な役割を担うことです。日本がサイバーセキュリティ分野で世界をリードしていこうという姿勢を示しています。
誰が対象になるのか



サイバーセキュリティ基本法の対象は、非常に幅広いのが特徴です。
まず、国(政府機関)は、サイバーセキュリティに関する施策を総合的に策定・実施する責任があります。また、地方公共団体(都道府県や市区町村)も、それぞれの地域でサイバーセキュリティ対策を進める責任を負っています。
次に、重要インフラ事業者が対象となります。電力会社、ガス会社、通信会社、金融機関、交通機関など、私たちの生活に欠かせないサービスを提供する企業です。これらの事業者がサイバー攻撃を受けると、社会全体に大きな影響が出るため、特に厳しいセキュリティ対策が求められます。
一般の企業も対象です。自社の情報システムを守り、顧客の個人情報を適切に管理する義務があります。
そして、私たち国民も対象に含まれます。法律では「サイバーセキュリティの重要性に関する関心と理解を深め、確保に必要な注意を払うよう努める」ことが求められています。
内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)の役割



サイバーセキュリティ基本法に基づいて設置された重要な組織が「内閣サイバーセキュリティセンター」(略称:NISC)です。
NISCは内閣官房に置かれた組織で、日本全体のサイバーセキュリティ対策の司令塔的な役割を担っています。具体的には、サイバーセキュリティ戦略の立案、政府機関への監視・監査、重要インフラ事業者との連携、国際的な協力体制の構築などを行っています。
2025年には、能動的サイバー防御の導入に伴い、NISCが「国家サイバー統括室」へと発展的に改組されました。より強力な体制でサイバー脅威に対応できるようになっています。
これまでの主な改正の歴史



サイバーセキュリティ基本法は、時代の変化に合わせて何度も改正されてきました。
2016年の改正では、日本年金機構の情報流出事件を受けて、NISCの監視・調査対象が拡大されました。それまでは中央省庁だけが対象でしたが、独立行政法人や特殊法人も対象に加わりました。
2018年の改正では、サイバーセキュリティ協議会が設立されました。これにより、官民が連携して脅威情報を共有する仕組みが整備されました。
2021年・2022年の改正では、サイバー攻撃の手法がより高度化・多様化したことを受けて、政府機関のセキュリティ対策強化や「情報処理安全確保支援士」という国家資格制度の導入が行われました。
2025年の重要な改正と最新動向



2025年は、日本のサイバーセキュリティ政策にとって大きな転換点となる年でした。
まず、2025年5月に「能動的サイバー防御」を導入する新たな法律(サイバー対処能力強化法)が成立しました。従来のサイバーセキュリティ基本法が「受け身」の対策を中心としていたのに対し、この新法では攻撃を事前に検知し、無害化するという「能動的」な対策が可能になりました。
具体的には、政府が通信情報を取得してサイバー攻撃の兆候を分析できるようになり、警察や自衛隊が攻撃サーバーを無害化する措置を取れるようになりました。
また、2025年7月には、サイバーセキュリティ基本法自体も改正され、ソフトウェアの開発・供給・運用を行う事業者(サイバーインフラ事業者と呼ばれます)に対して、利用者のサイバーセキュリティ確保を支援する努力義務が新設されました。
これらの改正により、日本のサイバーセキュリティ体制は大きく強化され、より積極的な防御態勢が整いつつあります。2026年度からは、重要インフラに関する新たな基準も策定される予定です。
私たちの生活への影響



「法律の話はわかったけど、結局私たちには関係あるの?」と思うかもしれません。実は、サイバーセキュリティ基本法は私たちの生活に大きく関わっています。
たとえば、オンラインバンキングを使うとき。銀行は重要インフラ事業者として、この法律に基づいた厳格なセキュリティ対策を行っています。だから私たちは安心してお金の管理ができるのです。
また、クレジットカードでオンラインショッピングをするとき。ECサイトは個人情報保護法とともに、サイバーセキュリティ基本法の考え方に沿った対策を取ることが求められています。
さらに、私たち一人ひとりにも役割があります。法律では、国民がサイバーセキュリティへの理解を深め、自分でできる対策を取ることが求められています。パスワードを複雑にする、怪しいメールのリンクをクリックしない、ソフトウェアを最新の状態に保つ。
こうした基本的な対策を取ることも、法律の趣旨に沿った行動と言えるのです。
今後の展望





サイバー攻撃は日々進化しており、AIを使った高度な攻撃や、重要インフラを狙った国家レベルの攻撃など、脅威はますます深刻化しています。
日本政府は、2026年度以降も引き続きサイバーセキュリティ対策を強化していく方針です。特に、中小企業のセキュリティ対策支援、人材育成、国際連携の強化などが重点課題となっています。
私たち一般市民としても、「自分には関係ない」と思わず、日常的にセキュリティ意識を持って行動することが大切です。デジタル社会の安全は、法律や政府だけでなく、私たち一人ひとりの意識と行動にかかっているのです。
まとめ
サイバーセキュリティ基本法は、インターネット社会における日本の安全を守るための土台となる重要な法律です。2015年の施行以来、時代の変化に合わせて改正を重ね、2025年には能動的サイバー防御という新たな概念も導入されました。



この法律は、国や企業だけでなく、私たち一般市民にも「サイバーセキュリティへの理解と協力」を求めています。便利なデジタル社会を安全に楽しむために、この法律の存在と意義を知り、できることから対策を始めてみてはいかがでしょうか。










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