はじめに ― 調達とは何か?
穹詠/情報セキュリティマネジメント主任「調達」という言葉を聞いて、なんとなく「モノを買うこと」だと思っている方も多いのではないでしょうか。確かにその理解は間違っていませんが、ビジネスの世界における調達はもう少し広い概念です。
調達とは、企業活動に必要なモノやサービス、人材を外部から確保する活動全体を指します。たとえば、製造業であれば部品や原材料の仕入れ、IT企業であれば外部のシステム開発会社への委託、小売業であれば商品の仕入れなど、業種によってその内容は様々です。
そして「調達計画」とは、何を、いつ、どのくらい、どこから、いくらで調達するのかを事前に決めておく計画のことです。この計画がしっかりしているかどうかで、企業の利益や事業の成否が大きく左右されます。
なぜ調達計画が重要なのか



調達計画を軽視すると、企業にとって深刻な問題が発生する可能性があります。ここでは、調達計画の重要性を3つの観点から説明します。
1. コストへの直接的な影響
製造業の場合、製品を作るための原材料や部品のコストは、売上原価の大部分を占めています。つまり、調達コストを1%削減できれば、それがそのまま利益の増加につながります。適切な計画なしに「その場しのぎ」で調達を続けていると、割高な価格で購入してしまったり、緊急調達のための追加費用がかかったりして、知らず知らずのうちに大きな損失を出していることがあります。
2. 品質の確保
調達先(サプライヤー)の選定は、最終製品の品質に直結します。いくら社内の製造工程が優れていても、仕入れた部品や原材料の品質が悪ければ、良い製品は作れません。調達計画の段階で、どのような品質基準でサプライヤーを選ぶかをしっかり決めておくことが重要です。
3. 安定供給の実現
2020年代に入り、新型コロナウイルスの感染拡大や地政学的リスクの高まりによって、多くの企業がサプライチェーン(供給網)の分断を経験しました。「いつもの取引先から部品が届かない」「原材料の価格が急騰した」といった事態は、計画的な調達体制がなければ対応が困難です。複数の調達先を確保しておく、在庫を適切に管理するなど、事前の計画があってこそリスクに備えることができます。
調達計画の基本的なプロセス





では、調達計画は具体的にどのような流れで進めるのでしょうか。ここでは、一般的な4つのステップを説明します。
ステップ1:ニーズの把握
まず最初に行うのは、「何が必要なのか」を明確にすることです。
たとえば、新しい製品を開発する場合、その製品を作るためにどんな部品が必要で、それぞれどのくらいの数量が必要なのかを洗い出します。また、いつまでに必要なのか(納期)、どの程度の品質が求められるのかも、この段階で整理します。
一般の買い物に例えると、「来週の日曜日に10人でバーベキューをするから、お肉2キロ、野菜は人数分、飲み物は多めに」といったリストを作る作業に似ています。
ステップ2:調達先の選定(ソーシング)
必要なものが分かったら、次は「どこから買うか」を決めます。
この段階では、複数の候補となる取引先(サプライヤー)をリストアップし、それぞれの特徴を比較検討します。比較のポイントとしては、価格、品質、納期遵守率、企業の安定性、過去の取引実績などが挙げられます。
大きなプロジェクトや高額な調達の場合は、「RFP(提案依頼書)」という書類を作成し、複数の候補先に提出して提案を募ることもあります。入札を実施して、最も条件の良いサプライヤーを選ぶケースもあります。
ステップ3:契約の締結
調達先が決まったら、正式な契約を結びます。
契約書には、価格、数量、納期、品質基準、支払い条件、万が一の場合の責任の所在など、取引に関する重要な事項を明記します。この契約書がしっかりしていないと、後からトラブルが発生したときに「言った・言わない」の争いになりかねません。
特に、外部の会社に仕事を依頼する場合(業務委託など)は、作業の範囲を明確にしておくことが重要です。「ここまでは依頼した作業に含まれる」「ここからは追加料金」といった線引きを曖昧にしておくと、後で揉める原因になります。
ステップ4:予算の設定とリソース配分
調達にはお金がかかります。事前に予算を設定し、計画的に資金を配分することが必要です。
予算を組む際には、単に購入価格だけでなく、輸送費、検査費用、保管費用なども考慮に入れます。また、価格変動や予期せぬ事態に備えて、ある程度の余裕(予備費)を持たせておくことも大切です。
調達の実施フェーズ



計画ができたら、いよいよ実行に移します。実施フェーズでは、以下のような作業が行われます。
発注と進捗管理
計画に基づいて、サプライヤーに正式な発注を行います。発注書には、品名、数量、単価、納期、納品場所などを明記します。
発注後は、納品までの進捗を管理します。特に重要な調達品や、納期が厳しいものについては、定期的にサプライヤーと連絡を取り、予定通りに進んでいるかを確認します。もし遅延の兆候があれば、早めに対策を講じることが重要です。
検収(受け入れ検査)
サプライヤーから品物が届いたら、「検収」を行います。これは、届いた品物が発注した内容通りかどうかを確認する作業です。
数量は合っているか、品質に問題はないか、破損はないかなどをチェックし、問題がなければ受け入れを完了します。問題があった場合は、サプライヤーに連絡して対応を求めます。
支払い処理
検収が完了したら、契約で定めた条件に従って支払いを行います。支払い条件には「納品後30日以内に支払い」「月末締め翌月末払い」などがあり、事前に合意した内容に従います。
評価とフィードバック
一連の調達が終わったら、その内容を振り返り、評価を行います。サプライヤーの対応は適切だったか、品質に問題はなかったか、納期は守られたかなどを記録しておくことで、次回の調達に活かすことができます。
2026年の最新トレンド





調達業務を取り巻く環境は、近年大きく変化しています。2026年現在、特に注目すべきトレンドをいくつか紹介します。
1. AIエージェントの本格活用
2026年は、AI(人工知能)が調達業務に本格的に導入される年になっています。IBMの調査によると、2026年末までに約70%の企業がAIエージェントの導入を予定しているとされています。
AIエージェントとは、人間の指示を受けて自律的にタスクを実行するAIシステムのことです。たとえば、「来週の出張を手配して」と指示するだけで、AIがフライトを検索し、予算と照合し、ホテルを予約し、カレンダーに登録するといった一連の作業を自動で行ってくれます。
調達業務においても、サプライチェーンの混乱時に代替の調達先を自動で探索したり、市場の価格変動を監視して最適な購入タイミングを提案したりといった活用が進んでいます。富士通では、複数の企業にまたがるサプライチェーンをAIエージェント同士が連携して最適化する技術の実証実験を2026年1月から開始しており、運搬コストを最大30%削減できる可能性が示されています。
2. 下請法の改正と価格協議の義務化
2026年1月には、「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」が改正されました。この改正は、調達担当者にとって非常に重要な変更を含んでいます。
最も大きな変更点は、「価格協議の義務化」です。これまでも、協議に応じずに価格を据え置くことは「買いたたき」として禁止されていましたが、今回の改正で「価格協議に応じる義務」が明文化されました。つまり、取引先から原材料費の高騰などを理由に価格交渉の申し入れがあった場合、発注側はその協議に誠実に応じなければなりません。
また、支払い期限についても変更があり、従来の「60日以内」から「なるべく早く、可能な限り30日以内」という努力義務が加わりました。調達担当者は、財務部門と連携して支払い条件の見直しを進める必要があります。
3. サプライチェーンのレジリエンス強化
2020年以降、パンデミックや地政学的リスクによってサプライチェーンの脆弱性が露呈しました。多くの企業がこの経験を踏まえ、サプライチェーンの「レジリエンス(回復力)」を高める取り組みを進めています。
具体的には、特定の国やサプライヤーへの依存度を下げるため、調達先を複数の国・地域に分散させる動きが加速しています。また、在庫を多めに持つことでリスクに備える企業も増えています。
一方で、こうした対策は効率性の低下やコスト増加につながる面もあります。そこで期待されているのが、AIによる需要予測やリスク検知です。過去のデータや市場動向を分析することで、サプライチェーンの混乱を事前に予測し、先手を打った対応が可能になります。
4. 再生可能エネルギーの調達
企業のサステナビリティ(持続可能性)への関心が高まる中、電力調達においても変化が起きています。2026年現在、多くの企業が再生可能エネルギーの調達を進めています。
特に注目されているのが「PPA(電力購入契約)」と呼ばれる仕組みです。これは、発電事業者から直接、長期契約で再生可能エネルギーを購入する方式です。JR東日本では、バーチャルPPAという手法を用いて年間約3.5億kWhの再生可能エネルギーを調達し、年間約15万トンのCO2削減を見込んでいます。
また、企業の再生可能エネルギー調達においては、「いつ発電された電力か」という時間的な整合性も重視されるようになっています。単に年間の総量で再エネを調達するだけでなく、実際に電力を使用する時間帯に発電された再エネであることを求める動きが、グローバル企業を中心に広がっています。
5. デジタル化と属人化の解消
調達業務は、長らく「属人化」しやすい分野とされてきました。特定の担当者しか取引先との関係性や過去の経緯を把握していない、といった状況は多くの企業で見られます。
しかし、デジタルツールの進化により、この状況が変わりつつあります。調達管理システムを導入することで、取引履歴や価格情報を一元管理し、担当者が変わっても業務を引き継ぎやすくなります。また、AIを活用した見積もり自動化や価格分析により、経験の浅い担当者でも適切な調達判断ができるようになってきています。
PwCの調査によると、計画領域では比較的AI導入が進んでいる一方、調達領域では「必要性は認識しているが未導入」という企業が多いのが実情です。今後、調達領域でもデジタル化が加速することが予想されます。
調達計画を成功させるためのポイント





最後に、調達計画を成功させるためのポイントをまとめます。
ポイント1:早めの計画立案
調達は、必要になってから慌てて始めるのではなく、できるだけ早い段階から計画を立てることが重要です。時間的な余裕があれば、より多くのサプライヤーを比較検討でき、価格交渉の余地も広がります。
ポイント2:複数の選択肢を持つ
一つのサプライヤーに依存するのは危険です。万が一そのサプライヤーに問題が発生した場合に備えて、代替の選択肢を確保しておきましょう。
ポイント3:関係部門との連携
調達は、調達部門だけで完結する業務ではありません。何を調達するかは開発部門や製造部門と、予算については財務部門と、品質については品質管理部門と連携する必要があります。
ポイント4:データに基づく判断
「長年の付き合いだから」「担当者の勘で」といった判断ではなく、過去の取引データや市場価格などの客観的な情報に基づいて判断することが重要です。デジタルツールを活用して、データの収集・分析を効率化しましょう。
ポイント5:継続的な改善
調達計画は、一度作ったら終わりではありません。実施した結果を振り返り、うまくいった点・改善すべき点を整理して、次回の計画に活かす「PDCAサイクル」を回すことが大切です。
まとめ
調達計画と実施は、企業活動を支える重要な基盤です。適切な計画に基づいて調達を行うことで、コスト削減、品質確保、安定供給を実現することができます。
2026年現在、AIの活用やサプライチェーンのレジリエンス強化、法改正への対応など、調達を取り巻く環境は大きく変化しています。これらの変化を機会と捉え、デジタル技術を活用しながら調達業務の高度化を進めていくことが、企業の競争力強化につながるでしょう。



調達は専門性の高い分野ですが、その基本的な考え方は「必要なものを、適切な品質で、適切な価格で、適切なタイミングで確保する」というシンプルなものです。この原則を忘れずに、計画的な調達活動を心がけていきましょう。










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